マルグリット・フランスはパリで器楽奏者、歌手、パリオペラ座の合唱指揮者の家庭に生まれる。
母はヴァンサン・ダンディ に師事したバイオリン奏者、父はジプシー音楽、ハンガリー音楽の伝統的継承者。マルグリット・フランスは3才でバイオリン、ピアノ、ソルフェージュを始め、
セザール・フランク音楽院(ヴァンサン・ダンディ(フランクの弟子の一人)によって設立されたスコラ・カントロームに反対したフランクの他の弟子達が設立したのがセザール・フランク音楽院)へ入学。べラン・コンクール、ネリニ・コンクールにて1等賞を受賞。
その後、ヴェルサイユ音楽院にてバイオリンをピエール・アンリ、ビオラをアンドレ・ジューヴァンサル、室内楽、指揮をレイモン・ガロワ・モンブランに師事し、全ての学科を審査員満場一致の1等賞で修了。
13才にてパリ国立音楽院に入学し、ビオラを学ぶ(エチエンヌ・ジノー氏)
ソルフェージュ特別クラス(ルネ・デュクロ氏)
和声、対位法(アンリ・シャラン氏 ジョルジュ・ユゴン氏)、室内楽(エチエンヌ・パスキエ氏 ガストン・プーレ氏)全ての学科を1等賞にて卒業。後、バイオリンをマルセル・レイナル氏、ガストン・プーレ氏に就く
ジュネーヴ音楽院にてビオラ(ロン・ゴラン氏)を1等賞で卒業。ジュネーヴ国際音楽演奏コンクール、ビオラ部門にて2位。
パリ・スコラカントルゥム音楽院にて合唱、およびオーケストラの指揮法(レオン・バルザン氏)で資格を取得。
マルグリット・フランスは室内楽、ソリストとしての活動を始め、スイスロマンド・オーケストラ(エルネスト・アンセルメ指揮、
ウォルフガング・サヴァリッシュ指揮)に入団し、1975年に日本へ発つ。フランス音楽を日本に浸透させるまでの8年間、東京メトロポリタンシンフォニーオーケストラで活動。

日本に対する興味は彼女の幼少時代にさかのぼる。学生時代の日本人学生との交流が彼女を日本へ魅了させる事となる。彼女はフランス文学を学ぶ日本人学生に出逢い結婚。

オーケストラでの仕事と平行して、東京芸術大学での非常勤講師、武蔵野音楽大学、玉川大学にて教育活動を行う。その後、AFJAM・日仏楽友協会を設立。